法蔵禅寺HOMEPAGE・今月の法話（２０１８）

　

■□１２月の法話■□

●いいも悪いもすべて頂く

　人生には自分の思い通りにならないことが沢山あります。
　実は、今、この年末の忙しい日々にも拘わらず、パソコンにトラブルが発生したのです。パソコンを立ち上げると、画面が点滅お繰り返し、ソフトの立ち上げもできない状態になってしまいました。そこで、サポートに電話をしたのですが、一向に繋がらず、結局パソコン修理の会社に修理を依頼したのです。その際、「多分、二、三日で治る」との言葉。ところが、もう六日も経つのに、一向に修理からパソコンが帰ってこないのです。
　私の頭の中では、「何をしているのか」「早く治らないと、寺報とか年賀状ができないではないか」という思いで一杯。次から次へいろんな思いが頭の中を駆け巡っていきました。気持ちだけが勝手に焦ってしまっていたのです。
　そんな時、思い出したのが次の言葉です。中国の禅僧・虚堂智愚の言葉で、「天真に任す」というものです。良寛さんもこの言葉を詩の中で使っています。
　この言葉の意味は、自分の思い（自分にとって都合のいい考え）を捨てて、すべてを天に任せていくことが、人生を安らかに生きていくことになるというものです。
　考えてみれば、早くパソコンが直って欲しいという思いは自分にとって都合のいい考えで、はなはだ勝手なものです。それは、修理を任せているのですから、自分がどうのこうのと思っても仕方がないことだからです。元は、パソコンにトラブルが生じたのですから、それを受け止めるしかないのです。そう、そうすれば安らかに生きることができるのです。　しかし、そう思っても、自分の思いというものを諦めきることができないのが人間かもしれません。早くパソコンが直って欲しいという思いは捨てようとしても、中々捨て去ることができないのも事実です。ただ、この思いを何時までも引きずっていれば、今のイヤな気持ちは深まっていくだけでしょう。
　では、悟った禅僧ではなく、思いをなかなか捨てることができない私たちはどうすればいいのでしょうか。
　曹洞宗の名僧であった沢木興道老師の言葉に、「全部いただく。選（え）り食いはせぬ」というものがあります。沢木老師はたんに偏食について言われたのではなく、人生の生き方についての言葉なのです。
　人生の食卓には、いろんな料理が出てきます。好物もあれば、嫌いな物も出てきます。しかも、私たちはこの人生においてお客です。客だとすれば、これならいい、あれならだめと文句は言えません。私たちは出された食事を、あれこれ選り好みしないで全部いただかねばならないのです。注文をつけることは、客の分際をわきまえていないことになります。だから、出てきたものはすべて頂くことが大切なのです。
　今回のパソコンの件で考えれば、パソコンのトラブル私の嫌いなものだったかもしれません。それでもこれは天から授けられた食事ですから、逆らうことなく、頂けばいいだけなのです。今は、パソコンがなくても出来ることはあります。それをコツコツやっていれば、いつかはパソコンが戻ってくるでしょう。その時にパソコンで出来ることをすればいいのです。
　では、気分を入れ替えて、庭の掃除でもさせて頂きましょう。

■□１１月の法話■□

●飢え来れば飯を喫し

　今から四日前のことです。
　朝起きたら、突然便意をもよおし、トイレに駆け込んだのはいいのですが、便が出そうで出ない。トイレから出ては、またトイレに駆け込む。お腹はなんとも言えない痛さに襲われ、脂汗が出てきました。それでも小一時間はその状態の繰り返しです。やっと、水のような便が出て、少し収まり、檀家さんの車で病院に連れて行ってもらったのです。
　診断の結果は、「急性腸炎」。処置としては、これと言ってなく、整腸剤と軽い痛み止めを頂いたのみでした。
　お寺に帰ってからは、薬と鎮痛剤を飲んで、ひたすら眠りました。
　家内が、何か食べないとということで、お粥を作ってくれてそれを頂き、また眠り続けたようです。
　昨晩からご飯を食べることができ、やっと普段の生活に戻りつつあるところです。
　この経験から、思い出す禅の言葉があります。「飢え来れば飯を喫し、困（つか）れ来れば即ち眠る」（『頓悟要門』）という唐代の禅僧・大珠慧海の言葉です。
　この言葉は、大珠のところに源律師という人がやって、「和尚は道を修行するにあたって、なにか工夫を用いられますか」と尋ねるところから始まります。大珠、「工夫を用いる」と。源律師、「どういう工夫を用いられるのですか」と。大珠、「腹がへれば飯を食い、ねむくなれば眠る」と。源律師、「世間の人は誰もがそうしていますが、それは禅師の工夫と同じものですか」と。大珠、「同じではない」。源律師、「どうして同じではないのですか」と。大珠、「他の人は、飯を食うとき、本当に食っていないで、あれこれ考えごとをしている。眠るときも本当に眠らず、いろいろのことを考えている。だから同じではないのだ」と。律師は何も言えず、黙ってしまったという話です。
　つまり、大珠の言葉は、「お腹が空いたら、ご飯を食べればいいし、疲れたら眠ればいい」という至極当たり前なことを言っているだけなのです。だが、私たちは食べることにしてもこれができているでしょうか。時間が来たら食べなくてはといって、食事をとっていないでしょうか。
　今回の腸炎になった私も、薬を飲まなくてはいけないので、無理にでもお粥を頂いたようです。確かに、何か食べないと元気になってこないことは事実でしょう。
　しかし、食欲が湧いて、食事を頂くと、食べるものが本当に身につくはずです。大珠に言わせれば、「本当にお腹が空いたら、自然と食欲が出て、食べることができる」ということでしょう。つまり、お腹が空いたら、ご飯を食べ、眠たくなったら眠るという、当たり前のことをただすることが大珠の禅なのです。
　そう考えると、今、病み上がりで、この原稿を書いていることが自体が、「何をしている」と大珠に怒られそうですね。

■□１０月の法話■□

●枠組みを新たに

　世の中には、どうしてもウマが合わない人間がいるようです。そんな人と会うと、何を言っても、何をしても、何か後味が悪い気持ちになります。
　そこで、後味の悪さを解消するために、ついつい悪口とは言いませんが、他の人を前にそんな人を批判する言葉を言ってしまうことがあります。
　「あの人は、おしゃべりが得意だね」
　「あの人は、自由奔放に生きていいね」
　どれも悪口と受け取らなければそうとも言えますが、悪口と受け取れば、悪口にもなり得る言葉を吐いてしまうのです。
　多分、人間は人間を嫌い、憎むことは避けられないようです。そうであるなら、上手に憎んだり嫌ったほうがよさそうです。あとに尾を引かないように、さらりと憎んだり嫌ったりして、ぱっと忘れられたらいいはずです。
　ところで、心理学に「リフレーミング」という言葉があるそうです。「リ」は、「新たにする」といった意味です。そして「フレーミング」は、「枠組み」という意味です。つまり、「リフレーミング」とは、「枠組みを新たにする」ということです。
　私たちは大体、ある決まった固定的な観念の枠組みで、物事を考えてしまいがちです。だから、その固定的な観念の枠組みを、もっと柔軟な視点に立って、新しいものに作り直してみる必要があります。わかりやすく言うならば、「違った視点から考えてみる」ということです。
　たとえば、「おしゃべりな人が苦手だ」という人がいます。近くでベラベラしゃべられると、「許せない」と思うほど腹が立ってくるのです。この人は恐らく、おしゃべりな人を、「無神経な人間」という枠組みで見なしていると思います。だから、その人の人間性をよく考えないまま、おしゃべりというだけで嫌ってしまうようになります。
　しかし、ちょっと視点を変えてみるとどうでしょう。ひょっとしたら、その人は、その場を盛り上げたいという、サービス精神が旺盛な人という一面があるのではと考えることができます。
　私たちは、ある人をおしゃべりだと思い、別の人を物静かだと見ます。それはおしゃべりな人、物静かな人といった固定的・実体的な存在があると思っているのです。そういう見方はよくないのです。むしろ、たまたま縁によって、おしゃべりな人になり物静かな人になっているだけなのです。
　このように考えると、リフレーミングによって、ウマの合わない人間にも何とか付き合っていく気持ちが生まれてくるのではないでしょうか。

■□９月の法話■□

●あきらめよ

　この度の台風二十一号や地震で被害に遭われた方もいらっしゃることと思います。謹んでお見舞い申し上げます。
　当寺も、台風により瓦が飛ぶなどの被害が出ましたが、怪我なく今、ゆっくりですが、復旧作業ができるのは、ありがたい限りです。
　さて、今回は台風で思ったことのお話です。仏教の教えを要約するならば、「あきらめよ」ということになります。もっとも、「あきらめる」という言葉は、現代語では「だめだと思ってやめる、断念する」という意味に使われています。しかし、「あきらめる」の本来の意味は、古語辞典を引くとわかるのですが、「明らめ」なのです。
　①心の曇りを無くさせる。②明瞭にこまかい所までよく見る。③理にしたがってはっきり認識する。判別する。④事の筋、事情を明瞭に知らせる。弁明する。⑤片をつける。処理する。
　とあります。つまり、仏教が言う「あきらめよ」は、②および③で、物事を明らかにしなさいと教えているのです。
　例えば、自動車を運転していて交通渋滞にまきこまれた時、焦ったところでどうしようもありません。ところが、私たちは努力すれば問題が解決できると信じています。けれども、いま直面している交通渋滞は、ドライバーが努力して解決できる問題ではありません。
　解決できる問題であれば解決に向けての努力が必要ですが、解決できない問題であれば、努力をしても無駄なのです。いや、努力すればするほどますます焦りが生じ、いらいらとし、逆に交通事故を引き起す危険が大きいかもしれません。
　そうすると、交通渋滞に相遇したときは、私たちはそれを努力によっては解決できないと明らめ（認識し）、無駄な努力をやめる（諦める）ことが大切なことなのです。
　今回の台風でも同じです。台風が来ないように考えても、来るものは来ます。そして実際、台風が来て、被害が出たら、「あれをしとけばよかった」と後悔をしてしまうのです。
　私たちは誰もが災難から逃れたいはずです。しかし、その恐怖に逆らおうとすると肩に力が入り、さらに恐怖心が増してくるのです。
　ここで、ちょっと視点を変えて、自分を野に生える草花と思ってみてください。どんな気象条件においても、生きているその場を動くことはできません。中には元気に生きていても、人間によって刈り取られるという「災難」に遭うものもあるでしょう。しかし、草花は何ごとにも逆らわず生きているではないですか。
　私たちも同じです。災難に遭っても、あの草花のように、逆らわずに生きていけばいいのです。これが、仏教で言う人生の対処法なのです。

■□８月の法話■□

●この世に天国はない

　今年の夏はことのほか暑さが厳しいようです。暑さと言えば、思い出す話があります。
　ある僧が中国曹洞宗の開祖、洞山良价禅師に質問しました。
「こう暑くてはたまりません。暑さ、寒さをどうしたら避けられるでしょうか」と。
すると洞山「なぜ暑くも寒くもないところへ行かないのだ」。
僧「どうしたらそんなところへ行けますか」と再び問います。
すると洞山「暑い時には暑さになりきり、寒い時には寒さになりきりなさい」
と答えた話です。
　これは「洞山無寒暑」といわれる公案ですが、暑さ寒さという話にかけて、じつは生死の問題がテーマなのです。「人はどうしたら生死を逃れることができるだろうか」という問いです。
　私たちはさまざまな人生の苦悩に直面します。そうすると、私たちはその苦悩から逃がれたくなります。だが、逃がれようとしてもそう簡単に逃がれられるものではありません。いや、むしろ逃がれようとすればするほど、ますます苦悩は深まってしまうです。
　それよりは、苦悩そのものに成り切ったらどうだ。洞山はそうアドバイスを与えてくれているのです。
　確かにこれは真理でしょうが、このような心境になれる人はほとんどいないでしょう。できるのは偉いお坊さんのような人でしょう。では、この公案をすべての人に当てはまるように解釈したらどうなるのでしょうか。
　アメリカに「天の下には天国はない」という言葉があります。この世に天国のようなものはないということです。
　私たちは常に現状に不満を持ち、そして人をうらやんだりします。この世には理想の家庭があるのではないか、自分の家庭とは違って問題などない家庭があるのではないかと思いがちです。そして、自分をみじめだと思ってしまいます。
　しかし、現実はどうでしょう。良いだけの人生などないのが現状です。うわべは幸せのように見えて、一皮剥けばさまざまな問題を抱えている人や家庭がほとんどなのではないでしょうか。
　お釈迦さまは「人生とは苦しみである」と言われています。その弟子たちは「人生は、四苦八苦といわれるほどの苦しみに満ちている」としました。
　現実には理想のものなどない。ないと思って人生を送れば、自分の不幸を嘆いたり、人の幸せをうらやんだりする必要はなくなるはずです。
　つまり、この公案は、この世には天国もないし、理想の家庭もないと思うことが、寒暑のないところに生きるということだと教えているのです。

■□７月の法話■□

●鍋で顔を洗う

　私たちは、知らないうちに「常識」や「思い込み」にとらわれていることがあります。
　昨日も友達と話しているとき、こんなことがありました。
　別に特に好きだという訳でもないのですが、ある歌手の名前を、ずっと「○○○○」と何気なく思っていたのです。たまたま、そのことが歌手の歌が話題になり、物知り顔で「○○○○のこと」と言ったのです。すると友達は怪訝な顔をし、それは「□□□□」だよと言うのです。私は茫然とするばかり、「え、○○○○と違うの」と。
　こんな経験、みなさんにもありますよね。たわいもないことなのですが、思い込みはときに間違った認識にとらわれてしまうものです。そしてまた、思い込みは非常に狭い価値観でしか、ものを考えられなくなってしまうようです。
　皆さんよくご存じの良寛さんに次のような話があります。良寛さんの庵に、ある日、旅人が訪ねて来ました。「さあ、足を洗いなさい」と、良寛さんは鍋に水を用意しました。その後、旅人は夕食をふるまわれ良寛さんの庵に泊めてもらいます。
　翌朝、旅人が目を覚ますと、良寛さんは、旅人に顔を洗うようにと、鍋に洗面の水が用意されていました。「さあさ、早く顔を洗いなされ」と良寛さんが来て言います。旅人は質問しました。
「良寛さん、これは鍋ではありませんか」
「ああ、そうだよ」
「この鍋は、昨晩のお粥をたかれた鍋ですか」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、この鍋は、わたしが最初に来たとき、足を洗わせていただいた鍋ですか」
「ああ、そうだよ。それより、早く顔を洗いない。その鍋で、朝のお粥をつくらないといけないのだから」
　皆さん思いません。同じ鍋で、足を洗い、お粥を炊き、顔を洗うなんて、汚い。良寛さんは何を考えているのだろうかと。
　しかし、考えて見てください。私たちは、鍋はお粥を炊くもの、洗面器は顔を洗うものと思い込んでいるのです。言い換えれば、こだわっているのです。
　鍋しか何もなかったら、足を洗ったその後、鍋を洗えば、何も汚くないはずです。お粥を炊いたとしても別にいいのです。その固定概念が私たちを時に苦しめるのです。
「水広ければ則ち魚遊ぶ」という禅語があります。常識や思い込みなどにとらわれなければ、自由にものを考えられるという意味です。
　私たちが思い込みにとらわれないためには、日頃から、自分とは価値観が違う人、自分とは異なる経験をもつ人の話を聞くことが必要かもしれませんね。

■□６月の法話■□

●将来が不安で……

　私たちは時に、将来の自分が不安に思えてくることがあります。
「万が一、結婚できなければどうしよう」「万が一、ガンだったらどうしよう」「万が一、試験に落ちて合格できなかったらどうしよう」など。
　実際にそうなってしまった経験があると、また同じ失敗を繰り返してしまいうのではないかという思いにとらわれて不安でいる人がいるはずです。そして、未来に対して不安な気持ちをよりつのらせてしまうのです。
　これは、考えてみれば、人ごとではありません。私たちには関係ないと思っている私たちにもあてはまるのではないでしょうか。つまり、不安は、生きていれば私たちにとって尽きないようです。
　ところで、江戸時代に武士から禅僧になった、変わり種の人がいます。鈴木正三という人です。三河国（愛知県）の武家に生まれ、徳川家康、秀忠に仕え武功があったのですが、四十歳のころに剃髪して禅僧になった人です。その人の言葉に、次のようなものがあります。
「何事を作（なさ）んと思とも、思ひ立つと其儘（ののまま）分別なしに作（なし）たるが好也。後に杯（など）と思（おもう）は悪し。亦余所（よそ）ゑ行んと思ふにも、如是（かくのごとく）すべし。機の発すると、其儘ふと出て行べし。後にと思べからず。縦（たと）ひ雨降、雪降とも、面白雪哉（かな）、童（わら）べの時分は、雪遊びせしものをと思ひ出づべし。万事（ばんじ）如是（かくのごとく）無分別（むふんべつ）に仕習（つかえなら）ゑば、殊外（ことのほか）心の軽く成物（なるもの）也」（『驢鞍橋』）
　現代語訳すれば、「何事であろうと、それをしようと思った時に、迷わずにしたほうがよいのです。あとでなどと考えてはいけない。外出しようとするときも、そのようにすべきです。そのような気持ちが起きたら、すぐに腰を上げる。あとから・など考えてはいけない。たとえ雨が降っていたり、雪が降っていても、おもしろい雪だな、子どもの時は雪遊びをしたものだと考えるいいでしょう。このようにすべてのことに迷わぬように心掛けていれば、あんがい気持ちが軽くなるものです」ということです。
　私たちは、過去だけでなく、未来のことにまで心をとらわれてしまうことがあります。そして、不安になってしまうのです。
　正三は、晴れていようと雨であろうと、天気のことを気にせずに行動しなさい。そのためには、天気についてつべこべ言わないことを言っています。つまり、あれこれ屈託しない練習が禅の修行と言うことです。
　私たちの不安は尽きないかもしれません。しかし、過去だけでなく、未来のことにまで心をとらわれていては、肝心の「今」を忘れてしまいます。生きているのは今です。あれこれ思わず、今だけに尽くすことが、楽しく生きるコツなのではないでしょうか。

■□５月の法話■□

●山が動いて水の上を流れていく

　私たちは、この世を生きていると、いろいろ自分の思い道理にならないことが多々あります。
　たとえば、自分はコツコツ努力して仕事をしているのに、たいして努力しない人間が上司に認められ、ある仕事をまかせられていったこと。
　あるいは、普段せっしているとなんてイヤな性格と思っていた人間が、けっこう周りの人達に人気があったりとか。
　思い出せば、私たちがどんなに考えてもおかしいのに、世間では自分の思いとは別のことが起こるということが多々あるのではないでしょうか。つまり、筋が通らないのです。
　その時、私たちは一喜一憂して、腹をたてたり、涙を流したりして、悔しがっていたはずです。今、現在そういう気持ちになっている方もあるかもしれません。
　ただ、ちょっと考えると、自分の思い通りに世界は動いてはくれないはずと私たちは知っているはずです。にもかかわらず、自分の思いは堂堂巡りをはじめて、負のスパイラルに陥ってしまうのです。
　こんな時、どうすればいいのでしょうか。
　禅に次のような問答があります。
　あるとき、一人の僧がある禅僧に、「悟りの境地とは、どんなものですか」と尋ねると、ある禅僧は、「山が動いて水の上を流れていく」と答えたという話です。
　まったくちんぷんかんぷんな話ですが、これは何を言っているのでしょうか。普通で考えれば、葉っぱなどが川を流れていくのであれば理解できますが、山が川を流れていくというのでは、私たちの常識から外れてしまいます。これも言えば、筋が通らない話なのです。
　この禅僧は、あえて筋が通らないことを言って、「常識では不動のものである山が流れることはない。それにとらわれているから、山が流れるということがわからないのだ。お前の持っている常識を捨ててしまえばわかるのだ」と言っているのです。
　筋が通らない出来事は直面してて、矛盾を感じることは多いかもしれない。ただ、それによって感情を乱されてはいけないはずです。筋が通らない出来事に直面しても、怒ったり悲しんだりすることなく、自分は何事もなかったようにたんたんと生きていくことが大切だということです。
　つまり、自分の思いを後生大事に抱えるのではなく、その思いを手放すことです。それには、今しなければならないことをコツコツとしていくことでしょう。
　とは言え、なかなかです、……。

■□４月の法話■□

●「自己実現」という言葉

　最近は、よく「自己実現」という言葉を耳にします。
　定年した方が、一念発起して大学院に入学するとか、ある地位までいった方が、長年思っていた喫茶店を始めるとか、あげればきりがないぐらいです。
　そんな生き方が一般には「自己実現」と呼ばれることが多いようです。
　しかし、転職や起業など環境を変えなければ、「自己実現」ができないのでしょうか。
　普通で考えれば、自分の今している仕事なり、勉強なりが自己実現の場所と考えてしまうはずです。
　たとえば音楽家がピアノを弾いたり、画家が絵を描いたりします。そのために彼らは、必死に練習したり、必死に絵を仕上げようと思っているはずです。ただ、いろいろな辛いことのあるはずですが、達成感といった精神的な喜びがそれを上回っているので、あたかも自己実現のように思ってしまうのです。しかし、結局はお金を頂き、生活をしているのですから、自己実現とは言えないはずです。
　ところが禅はこれらとまったく違った発想をします。禅の修行の段階を十枚の牛の絵で表したものに『十牛図』という禅の書物があります。中国宋代の禅僧、廓庵がコメントをつけたものが有名です。内容は、最初に見失った牛を探すために男が出かけます。足跡を見つけ、牛の頭の一部を見つけます。最後は見つけた牛を飼いならして家へ帰るという話です。その６番目に「騎牛帰家（きぎゅうきか）…牛に乗って家に帰る」というものがあります。男が牛の背に乗って、笛を吹いている絵です。
　廓庵は言います。「人と牛との戦いは終わり、捕まえた、逃げたということもなくなった。樵は歌を歌い、児童は笛で童歌を吹く。ゆったりと牛の背にまたがり、目は雲と大空を眺めている。いくら呼んでも戻ってこないし、引き止めようともしない」と。
　これから男は家に帰ります。家とは日常生活の場。悟りや幸せは日常生活の中でこそ生きてくるという話です。
　ここに出てくる牛は「真の自己」です。男は「それを求める自分」を表しています。男が「真の自己」を探し求めているのです。「真の自己」は「幸せ」、今回のお話しでは「自己実現」と置き換えてもいいでしょう。
　今、私たちは、「自己実現」という言葉を聞いて、時代に遅れているとは思っていないでしょうか。皆がそうなら自分もと浮き足だっていないでしょうか。
　そこで自分を励ますことをしようとします。それは時には必要でしょう。しかし、『十牛図』の話は違います。まず、私たちが行うことは、牛を尋ねることが大切というのです。つまり、「本当に幸福になりたい」と願うことです。それも外に幸福を求めるのではなく、今・ここに求めていくことです。
　そうすれば、足下に、悟り・幸福がある、つまり自己実現はすでなっていることに気づくはずです。自己実現は自分の外に求めることではなく、内あるものに気づくだだけなのです。

■□３月の法話■□

●人生は編集次第で

　私たちは、あの時、ああしておけば、こんなことにはならなかったのにと、過去の行為を後悔します。私もご多分に漏れず、同じことを繰り返し、後悔の日々を過ごすことがあります。
　ただ、「後悔先に立たず」ということわざがあるのですが、その時はそうするよりほかなかったはずです。かといって、過去の失敗をいつまでも引きずらなければならないのでしょうか。
　ところで、仏教の根本の教えは、「縁起」と言います。この世のさまざまな事象は、すべてとのかかわりでのみ存在・生起することを言います。
　例えば、一メートルの棒は五十センチの棒に対しては長いのですが、二メートルの棒に対しては短い棒です。短いものによって長いものがあり、長いものによって短いものがあるので、絶対的に長いもの、絶対的に短いものなんてありえないのです。同じように苦といってもそれ自身には実態がないということになります。
　現在、知の巨人といわれる松岡正剛氏が編集について言われています。編集とは、「ある方針にそって物事全体を整理し、まとめる作業」だと。つまり、編集は何も本だけにかぎりません。私たちの日常は編集であふれていて、毎日のスケジュール調整、今日着ていく服の組み合わせなど、人間は編集を繰り返す動物だということです。
　私たちは過去には戻れませんから、すでに起こってしまったことを変えるのは不可能です。この意味で、人生はやり直しがききません。しかし、それを編集し直し、解釈し直すことで、今まで否定的にとらえてきた経験を、自分を生かす「栄養」に変換することは可能なのです。
　随筆家田口ランディさんに「人生を再編集する試み」という文章があります。その中で、彼女の家庭は崩壊寸前で、「家族は私の邪魔ばかりする」というテーマで自分の人生を編集していました。だが、ある時、「家族はみんな私のことが好きだ」ということに気づくと、「憎しみ」が「愛」によって編集し直され、編集から外されていた愛するということが、それまでの憎いということをそぎ落としてしまった経緯が綴られていたのです。
　このように編集方針を変えることで、今まで切り捨てられていたことが再び利用されたり、また思い出したくもなかったことが再び解釈され、新たな息吹をふき込まれることもあるのです。
　すべてに絶対的な実体はないからこそ、見方や考え方で過去は変えられるのです。後悔ばかりの苦しい過去も、編集し直せば新たな輝きを放ち出すはずです。さ、あなたは自分の人生をどのように編集し直しますか。

■□２月の法話■□

●水広ければ……

　最近、コンピューターの基本ソフトのバージョンアップがあって、今まで普通に動いていたソフトが急に一部の操作でおかしな具合になってしまったのです。
　こんな時は、皆さんはどうされるのでしょうか。多分、①サポートに連絡を入れる、②そのソフトにホームページを見る取る、③自分で何とかしようとする、④同じソフトを使っている友達に聞く、などではないでしょうか。
　私は、③の自分で何とかしようとするタイプです。①②は基本ソフトのバージョンアップには直ぐ対応してないので、無理と考えるからです。
　ところがいざ自分でやってみるとなかなかことが運ばないのです。ああでもない、こうでもないといろいろ考え、対処するのですが、ことはうまく行きません。気がつくと、何度も何度も同じ事をしているだけなのです。自分が今までやってきたやり方に囚われて、これしかないと思ってしまっているのです。
　たとえば、仕事でも何でもいいのですが、この方法でやればうまくいくと考えたとします。実際、その方法でやってみると上手くいく時もあります。しかし、多くはうまくいかない。思った通りにはほとんどがなっていないのです。その原因としては、思い込み、他人の横やり、相手との意向の相違などがあるでしょう。その結果、こんなはずではなかったと思わせられれてしまいます。
　ソフトのバージョンアップの対応に四苦八苦している自分自身がまさにそのような状態なのです。
　禅語に「水広ければ則ち魚遊ぶ」というものがあります。水は心のあり方なので、自分の考えや思い込みなどに囚われなければ、魚が遊ぶように自由に物事を見たり、考えたりすることができるという意味です。
　私たちは、自分でも気づかないうちに、思い込みや常識などに囚われてしまっています。先入観でものごとを見たり、聞いたりしていることに気づかないでいます。
　だから、自分だけの狭い考えでしか物事を見たり、聞いたりしかできないので、いい考えが浮かんでこない。別の発想がなかなかできないのです。
　では、何かに囚われて、右往左往してしまった時はどうすればいいのでしょうか。簡単な方法は気分転換をはかることです。普段とは違う場に身を置き、何かをすればいいのです。知らないうちに、心の囚われから解放されるはずです。その点、お寺は気分転換をはかる場には恵まれています。
　さぁ、草取りをして、気分を転換。その後で、パソコンの問題をゆっくり解消することにしましょう。

■□１月の法話■□

●泣いたカラスが……

　皆さんには覚えはないでしょうか。子供の頃、皆で遊んでいるときです。何かが気に入らなくて突然泣き出した子供が、しばらくすると譏嫌を直して笑っていたことです。そんな時に、周りの子供たちが、「泣いたカラスがもう笑った」とはやし立てたことを。
　子供は、コロコロと気分が変わるものです。辞書にも、「泣いていても、すぐ機嫌を直して笑う。子供の感情の変わりやすいこと」とあります。つまり、子供らしい気がします。ところがこれと反対に、一度不機嫌になったら、ずっとふくれっ面でいるような子供は、子供らしくない気がしたものです。
　大人はというと、状況に応じて、気持ちがコロコロ変わることをよしとしません。だから、そんな人は子供っぽいと言われ、皆から尊敬されないのです。
　ところで、禅の言葉に、「滴水滴凍」というものがあります。宋代の禅僧の宏智正覚（わんししょうがく）という人の言葉です。
　意味としては、一滴一滴の水がしたたり落ちて、その瞬間に凍ってしまうということです。言葉を換えれば、心に生じた妄想をいつまでもくすぶらせることなく、そのつど浄化させよという意味です。
　たとえば、何かにつけてすぐ怒ってしまう人がいます。そういう人は、「瞬間湯沸かし器」と呼ばれます。ただ扱いが大変ですが、あんがい善人ではないでしょうか。単純で付き合いやすいからです。逆に、怒りを外に出さない人のほうが陰険ではないでしょうか。ねちねちしているからです。要は、すぐに怒り、すぐに忘れてしまうことがいいということなのです。その意味では、瞬間湯沸かし器は「滴水滴凍」と言えるでしょう。
　私たちは生きていると、よく腹立たしい事に遭遇します。そんな時には腹を立てまいと努力するはずです。そうすると、怒りの感情とそれを抑えようとする気持ちが葛藤状態になり、モヤモヤとした気持ちになることがあります。
　確かに、気持ちの整理がなかなかつかない場合もあるでしょう。そんな時こそ、その時だけ怒り、その時だけ悩み、後は忘れるようにすることです。
　私たちは、怒り、悩み、妬みなどの「妄想」を絶えず持ちながら一生を終えていきます。しかし、いったん心に芽生えた妄想を、あるにまかせて持続させるのでは、あまりにも貧しく、苦しいのではないでしょうか。
「泣いたカラスがもう笑った」という子供のような自由な感情は、大人になることで忘れてしまっています。時には思い出してみませんか。それは、私たちを必ず元気にさせるはずです。

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