法蔵禅寺HOMEPAGE・今月の法話（２０１２）

　

■□１２月の法話■□

●がんばりの空回り

　年末になると、気ぜわしくなってきます。「あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ」と思うのですが、掃除、お正月の準備、年賀状などはただただ時間が経っていってしまいます。もっと前から準備をしておけばいいのでしょうが。人間、お尻に火が付かないと駄目なようです。
　ところで、唐代の禅僧のが大珠慧海（だいえそうこう）の語録に『頓悟要門』があります。その中に次のような話があります。
　源律師という人がやって来て、「和尚は道を修行するにあたって、なにか工夫を用いられますか？」と問います。大珠禅師が答えた、「工夫を用いる」と。「どういう工夫を用いられるのですか？」「腹がへれば飯を食い、ねむくなれば眠る」「世間の人は誰もがそうしていますが、それは禅師の工夫と同じものですか？」「同じではない」「どうして同じではないのですか？」「他の人は、飯を食うとき、本当に食っていないで、あれこれ考えごとをしている。眠るときも本当に眠らず、いろいろのことを考えている。だから同じではないのだ」律師は何も言えず、黙ってしまった。
　このような話です。私たちは眠くなったら、眠るといいますが、寝床の中で眠れないで苦しむことがあります。それは、「眠ないと、睡眠不足になってしまう」といった思いが、よけいに私たちを眠れなくさせているのです。大珠慧海が「眠くなったら眠る」と言っているのは、大慧の修行における工夫なのです。
　お腹がへったらご飯を食べるのも同じです。ほとんどの人が、時間がきたからご飯を食べないといけないと思って、それでご飯を食べてるのではないでしょうか。
　ともかく、お腹がすいたらご飯を食べ、眠くなったら眠る、それが禅だ、と大慧は言っているのです。
　つまり、私たちの日常生活において、いまやっている物事を、しっかりとやるようにすれば、それが禅になるということです。仕事をする時はしっかりと仕事をし、遊ぶ時はしっかりと遊ぶ。道を歩く時は、しっかりと道を歩き、休み時はしっかりと休む。悩む時はしっかりと悩めばいいのです。悩みをなくそうとしながら悩むのは、しっかりと悩んでいないのです。泣く時はしっかりと泣き、怒る時はしっかりと怒る。笑う時はしっかりと笑うことです。
　そうはいっても、年末は忙しいでしょう。そこで、ついつい「あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ」と思い、がんばりの空回りななってしまいます。こんな時は逆に、「何もしない」でいることが私たちには大切かもしれません。
　中途半端に、あれやこれやを考えることは無駄です。眠たければしっかり眠り、休む時はしっかり休み、する時はすることです。一日や二日休んでも、どってことはないのだということです。

■□１１月の法話■□

●長引く風邪を引いて…

　先月の初めに風邪を引いたのですが、まだすっきりしない状態が続いています。「一体、どうしたことだろうか」「なぜ、風邪なのに治らないのか」「こんなに長引くなんて、少し変では」……と、いろいろ思ったりもしました。これだけ長引くと、自分ながら情けなく思えてきます。
　風邪が治らない原因にはいろいろがあるのでしょう。年齢、疲れ、等々。かといって、原因を探っても、どうなることでもなさそうです。
　特に年を取ると、思うがままにならない現実は増えてきます。去年はあれがここまで出来たのに、今年はなぜか出来ないこと多くなってきました。若い時は、自分の体はそれなりに思うがままになったのですが、年を取ると、すぐに疲れたり、集中力がなくなったり、特に無理がききません。
　ところで、仏教では生・老・病・死・・・・生まれること・老いること・病むこと・死ぬこと・・・・がすべて「苦」と教えています。これを「四苦」と言います。つまり、人間の生存そのものが「苦」なんです。仏教はそのように教えています。　けれども、仏教で言う「苦」は、われわれが普通に言っている楽しい、苦しいといった意味での苦ではありません。仏教の言う「苦」は、思うがままにならないことを意味します。
　例えば、いつまでも若くありたい、年は取りたくない、……と私たちは誰もがそう考えてしまいます。しかし、それは、思うがままにはならないことです。
　そこで、私たちは苦しんでしまうのです。思うようにならないことを、思うがままにしようとすると、必ず苦しむはめになるのです。
　では、どうすればいいのでしょうか。思うようにならないことは、思うがままにしようとしなければいいのです。仏教の教えは、「苦」に囚われるなと言います。つまり、それには、今の現実を受け容れることが大切だと言うことではないでしょうか。
　年を取ると、いろんな苦しみが訪れてきます。なかでも一番私たちが恐れているのは、認知症になることではないでしょうか。しかし、これは大丈夫です。本人は、苦しみを味わわずにすむからです。苦しみを味わうのは、私たちがが認知症ではないからです。だとすれば、むしろ喜んでその苦しみを味わえばいいのです。もっと言えば、これが人生の修行と思って、生きればいいと言うことではないでしょうか。
　若いときには気付かなかったことが、年を取ると見えてきます。思うようにならないことは、思うようにしないことです。今回の風邪によって、現実をそのまま頂くことを再認識させてもらったようです。
　老いが自分にすでに訪れていることを、つくづくと感じさせてもらったような気持です。

■□１０月の法話■□

●気が乗らない時には…

　1週間後までにはしなくてはならないことがあるのに、どうも気が乗ってこない時があります。頭の隅には、そのことが気になっているのですが、だらだらと時間だけが経ってしまっているのです。
　こんな時、皆さんはどうするでしょうか。
　いろいろあるでしょうが、多分泥縄的にでも、とにかく期限にはなんとか間に合わせていること思います。
　考えるに、目の前の課題に打ち込めないのは、「明日がある」と思っているからではないでしょうか。たとえば、末期ガンで余命がわずかだとう人にとって、やる気が出ないなどとは言わないはずです。一分一秒でも、残された時間を必死に生きようとするはずだからです。
　禅では、「即今（そっこん）・只今（ただいま）・此処（ここ）」を生きると言います。目の前にある今しか、私たちにはないのです。過去は過ぎ去ったから過去であり、未来はまだない。あるのは、ただ現在だけだということです。
　私たちは、今・ここをしか生きることはできない。そのことを自覚して生きるのが、禅的な生き方なのです。気分が乗らないからといって、うじうじしてもしようがありません。くよくよと考えてもはじまりません。とにかく、今やれることをやっていけばいいのです。今・ここを誠実に生きてゆくだけなのです。
　今やろうとしていることを、精一杯にやることです。ただし、精一杯にやるというのは、百点満点をとれということではありません。六十点でもいいです。ともかくそれを精一杯にやることなのです。
　ところで、井伊直弼に『茶湯一会集』と言う本に次のような言葉があります。
「抑（そもそも）茶湯の交会は、一期一会（いちごいちえ）といひて、たとへば、幾度おなじ主客交会するとも、今日の会にふたたびかへらざる事を思へば、実に我一世一度の会なり、去るにより、主人は万事に心を配り、聊かもかもそ末なきやう、親切、実意を尽くし、客も次の会まで逢ひ難きをわきまへ、亭主の趣向は一つもおろそかならぬを感心し、実意をもって交るべきなり、これを一期一会といふ」
　私が今、会っているこの人に、いつかまた会える時があると考えず、ただ今、ここで会っている出会いを、精一杯に会おうという意味です。それを、「一期一会」と言っているのです。
　出会う人を課題に変えれば、気が乗らなくても、それに囚われずに、とにかく今の課題に向かっていくことが一期一会の生き方になるのではないでしょうか。気が乗る乗らないに拘らず、とにかく課題に向かってみましょう。その内に、課題は解消しているはずです。

■□９月の法話■□

●智慧有る人は…

　私たちは、若い時は、苦しみたくないと思っていたのですが、逆に苦しんできたのではないでしょうか。あるいは、楽しみを求めて苦しんできたのではないでしょうか。
　それは、楽しみも苦しみも、思うがままになると考えていたからです。一生懸命努力すれば、楽しいことがあり、備えあれば憂いなしで、ちゃんと準備しておけば苦しみに遭わずにすむと信じていたからです。
　ところが、年をとってみると、人生ってそんなことではないとわかってきます。
　実際、今までの自分の人生を振りかっえって見ても、思うがままになっていません。また、他の人を見ても、一生懸命に努力していた人が不幸になったり、苦労ばかりしていた人が幸福になったり、いろんなケースがあります。そうかと思えば、死ぬまで苦労ばかりしていた人もいました。
　ところで、江戸時代の禅僧、白隠慧鶴に『遠羅天釜』という本があります。その中に次のような言葉があります。
　「世に智慧有る人の病中程浅猿しく物苦しき事は無きことなるぞや」。
　しかし、この言葉は白隠のものではありません。白隠の師匠である正受老人の言葉で、白隠はこれを遠方にいる病気の僧に宛てた手紙の中で引用しています。
　智慧有る人というのは、悟りの智慧ではありません。世間的な意味の智恵、、小賢しい分別です。つまり、意味としては、なまじちょっとした分別の智恵を持った人が病気になると、あさましく、見苦しい動きをするものだ、と言うことです。
　正受老人や白隠が生きた時代は江戸時代です。ごく少数が「智慧有る人」で、病気になってじたばたし、あれこれ悩み苦しんだことでしょう。一方、大多数の人は、病気になると、「仕方がない」とあきらめていたのです。
　ところが、現代においては、医学も薬学も進歩しています。病気に対処する方法は山とあるので、がんのような病気でも、治療に成功したケースも出てきます。そうすると人々はあきらめきれず、どうすれば助かるかを考えて、じたばたし、あさましく、見苦しい動きをするのです。
　ということは、智慧有る人というのは、欲望の人なのです。欲があるから、あきらめられないわけです。かえって泥沼になるのです。
　白隠は、、あきらめることさえできれば、あさましく、見苦しい動きをしないですむと教えてくれます。病気や不幸に見舞われた時は、あれこれ考えず、愚かになるのがいいかもしれません。

■□８月の法話■□

●心外に別法無し

　私たちにとって得意なこともあれば、苦手なこともあります。　例えば、掃除が苦手な人にとっては、お寺にいると大変です。場所は広いので、掃除も小一時間かかってしまいます。雨が降った後などは、延びて欲しくない草が知らないうちに成長しています。そうなると、一本づつ抜いていかないとどんどん草は大きくなって、たちどころに草ボウボウの状態になってしまいます。
　ま、私は草取りが大好きなので、暇を見付けては草抜きをさせてもらっています。きれいになるのが楽しいのです。
　しかし、掃除が苦手な人にとっては、毎日行う掃除、それに草抜きとなると苦痛以外の何物でもないでしょう。
　ところで、禅の言葉に「心外に別法無し」というものがあります。もとは『華厳経』というお経にある「三界はただ一つの心のみ、心外に別法無し」というお経の中の言葉です。それが後に禅宗において「本当の自分以外に世界はない」となり、またその逆に「世界はすべて自分が創り出したもの」という意味の禅語となったものです。
　私たちの心や考えはもちろん、目前にあるすべてのものは「私」があるから存在するのです。この自分がなければ存在しないのです。だから禅では「すべてはこの自分が現したもの」と考えるわけです。
　江戸時代を生きた、剽軽な禅画で有名な仙厓は次のような逸話を残しています。
　ある日のこと、一人の修行僧が遠路はるばる仙厓を訪ねてきました。
　「極楽とは、どのようなものでしょうか」
　すると、仙厓は無言のままゴロリと寝転んでしまいました。
　「地獄とは、どのようなものでしょうか」
　仙厓はそのままグウグウと寝込んでしまいました。
　「せっかく礼を尽くして問答をお願いしているのに、寝てしまうとは失礼な……」
　その仙厓の態度を見て、怒った僧が部屋を出ようとすると、仙厓はムクッと起きて、優しい口調で一言言いました。
「それが地獄じゃ」と。
　地獄も極楽も、遠くの世界の話ではありません。地獄も極楽もつくり出すのは自分の心なのです。仙厓はこのことを修行僧に気づいて欲しかったのでしょう。
　私たちは何事かを行おうとする時、つい苦手・得意を考えます。そして苦手なことをするとイヤな気分になります。それが地獄なのではないでしょうか。
　確かに誰でも、得手、不得手があります。ただ、すべては自分の心が創り出したものでしかないのですから、苦手・得意を考えず、まずやってみることではないでしょうか。　やっているうちに、楽しさを見付けることができるかもしれませんよ。

■□７月の法話■□

●ひまある身となりて

　私たちはどうも世間のことが気になり、関心を持ちすぎなのではないでしょうか。政治のこと、経済のこと、タレントのこと、あるいは会社内でのゴシップなどに関心を示してしまっています。
　しかし、その関心によって得た情報は、私たちの気分よくさせるものは、ほとんどありません。逆に情報過多によって、ストレスが増え、イライラしてしまっているはずです。
　ところで、『一言放談』という書物があります。鎌倉時代の末ごろにつくられた仮名法語集で、法然の影響をうけた、当時の有名無名の念仏者の言動を集めているものです。　その中に、行仙房という念仏者に次のようなの言葉があります、
「ただ仏道をねがふといふは、別にやうやうしき事なし。ひまある身となりて、道をさきとして余事に心をかけぬを第一の道とす」
　意味としては、仏の道をこころざすといっても、これと言って大袈裟なことはない。暇をもてあますような身になって、仏の道を優先し、世間のことに心をかけないことを第一の道とすることである、と。
　この話は「仏の道をこころざす」なんて言葉があるので、お坊さんのだけの話と考えがちです。しかし、この仏の道を幸せを願うことと読み替えると、私たちにされた話、助言になってくるはずです。
　幸せを願うということは、これと言って大袈裟なことはない。暇をもてあますような身になって、幸せを願うことを優先し、世間のことに心をかけないことが大切だ。そういう助言なのです。
　とにかく私たちは情報過多の状態にあります。それをきちんと仕分けを行い、自分にとって必要な情報を得ることは大切なことかもしれません。
　しかし、誰しもがそのような能力を持っているとはかぎりません。多分、多くの人はその情報を適当に聞き流しているはずです。それでも、すべてに無関心でいることはできないので、ついつい世間の情報を受け入れてしまいます。そこで、どこかでイライラしてしまっているのです。
　行仙房はそれでは私たちは幸せになることは出来ないと言っているのです。
　もっと暇を持てあますような時間を持つことがいいと言うのです。つまり、暇のある身となることです。これは、何もお金がないとできないことではありません。お金がそんなになくても近場の旅に出ることはできます。ただ、ただ走ることもいいでしょう。あるいは、お寺に行って坐禅もできます。要は、世間のことに心をかけないことが大切なのです。
　行仙房に言わせれば、暇のある身というのが、幸福への道のようです。

■□６月の法話■□

●まあ、それもいいじゃない

　私たちは、どこかで他人の目を気にし、皆と違っていないかを気にかけて、どこかで「ふつう」に合わせていこうとしていないでしょうか。
「友人と同じくらいの年収があるかどうか」
「もう３８歳。友達は結婚し、子供もある。私も結婚をしないといけないかしら」
　しかし、このような疑問が生じるということは、世の中の「ふつう」に合っているかいないかを私たちが気にかけてる証といえるかもしれません。そして、この意識が、「このままではいけない」「がんばらなけては」という漠然とした焦りや不安を生じさせているようです。あくせくし、いらいらし、がつがつとした毎日を送らねばならなくなります。つまり、不幸な人生を送るはめになるのです。
　それもこれも、私たちが「世間」に踊らされているからです。
　私たちは、「世間」に踊らされて、「世間」が言っていることをまるで永遠の真理であるかのように思っています。そして、そう思っている自分がまるで本当の「自分」であるかのように思っているようです。
　自分が自分らしく生きるためには、そんな「自分」を捨ててしまうことです。
「今の状態でいくと、年収は増えないな」
「もしかすると、一生、独身かも」
　たとえ、それが今の事実であったとして、「まあ、それもいいじゃない」と明きらめてみたらどうでしょう。だからといって、何も年収が増えるのが駄目とか、結婚しなくてもいいということではありません。そうなればそうなったで、いいでしょう。
「ふつう」という考えを、少し捨ててみればいいのです。そうするとわたしたちは、現在の自分の状態を受け入れることができるはずです。今のあるがままの自己に満足できます。そして、「自分は自分らしくあっていい」と思うことができるのです。
　そのとき、私たちは欲望を捨てています。現在の「自分」とは違った人間になろうとして、がつがつと、あくせくと努力する必要を感ぜず、あるがままの自己を肯定できるのです。しかも、ゆったりと、のんびりと生きることができるのです。
　そんなことをしていると人間の向上がないと言う人がいるかもしれません。だが、それは違います。のんびりと、ゆったりと人生を楽しんでいるので、自分が自分らしく生きられるので、それなりに向上していくのです。むしろ、あくせく、がつがつと生きている人のほうが、堕落することが多いでしょう。
　だから、私たちは、世間の言う「ふつう」に騙されてはいけません。世間の操人形になっている「自分」を捨ててしまえばいいのです。ただ、すべてを捨てることは無理ですが。それには、「ふつう」と違っていても、「まあ、それもいいじゃない」と自分に言い聞かせ、のんびり、ゆったりと人生を楽しでいくことです。

■□５月の法話■□

●自分を肯定するのは自分

　私たちは生きているとストレスを感じることは必ずと言っていいほどあります。仕事のこと、人間関係のことなど。
　その原因はいろいろあるかもしれませんが、結講自分にある、不器用さ、責任感がそうさせているように思えます。
　理由は、なんにも考えてないようにみえる人、ちゃらんぽらんな人にはストレスがあるとは見えないからです。
　ただ、ストレスは駄目なことだけではありません。ストレス学説の祖・ハンス・セリエ博士は「人生のスパイスだ」と言っています。ストレスは健康にマイナスになることもありますが、プラスに働くこともあるようです。ストレスがあるために、不安や不満を感じて、人はやる気や行動力を出すこともできるからです。
　しかも、ストレスを感じなかったら、人は疲れていても働きすぎて体を壊してしまうことがあるからです。
　つまり、ストレスは必要なのです。ただ、貯まりすぎると大変ですが。
　だから、ストレスなんて気にしないで、あってもなくてもいいよというぐらいな気持をもっていてはどうでしょうか。要は、ストレスをためこまないことが必要です。
　仏教の教えは、マイナス思考をするなと言っています。自分を否定するのではなく、自分を大肯定せよということです。
　だから、もしストレスをため込んで、気持ちの切り替えが出来ない時は、何も考えずに、、過去への執着を断つ努力をすることです。それはありのままの自分を認めてあげることです。確かに、それを行うことは容易ではないかもしれません。それでも、その気持が前へ進んでゆく意欲を作り出してくれるのではないでしょうか。
　たとえば、素晴らしいレストランで食事を頂いたとします。一つ一つ料理を食べているのですが、何も感動しない人がいます。それでは、いったいおいしいのかまずいのか、わかりません。
　「まずい」というマイナスの言葉はよくないでしょうが、できたら、ひと口目で、かならず「おいしいね」と言ったらどうでしょう。
　本当にうまいかまずいかは、問題ではないのです。「うまい」と言ったら、それほどうまくなくてもうまく思えてくるはずです。
　映画を見たときも、音楽を聴いたときも、「素晴らしい」と言ってみるとどうでしょう。プラスの言葉を発することで、頭は自然とマイナス思考から抜けいるいくはずです。
　また会社の仕事でも「うまくいった」「いいぞ」と声に出して自分につぶやいてみることです。大きな声でなくていい。自分だけがわかるつぶやきでいいのです。そうすると、ふつふつとやる気がでてくるはずです。自分を肯定するのは自分しかないのです。

■□４月の法話■□

●失敗

　とある本を読んでいたら、面白い話がありました。
　ある作家の講演があった。話が終わって、その後一人の聴衆から、
「先生が原稿を書き終えたとき、いつも名作ばかりが出来たと限らないのではないでしょうか。なかには失敗だった思える作品もあるのではないでしょうか。そんな時は先生は何日間ぐらい悩まれるのでしょうか」と質問があったそうです。
　件の作家先生はすぐに次のように答えたと言います。
「何日なんて悩みませんね。数分ですかね」
　そして、続けて、
「失敗作を書いたとき、これではダメだと何ヵ月も落ち込んでいたら、本当に、もう二度と作品を書けなくなってしまう。それでは作家としての生命が終わってしまう。私はそんなときは、いまはその作品しか書けなかったんだし、もう世の中に発表してしまったんだし、と『だし』という言葉で開き直ることにしている。それが次は頑張ろうという気力を生むことになる」
　と言ったということです。
　誰でも生きていれば、失敗の二つや三つ、いやもっとかもしれませんが、あるはずです。
はあります。しかし、それが人間なのではないでしょうか。
　中国の古い諺に「割れた瓶を見るな」というのがります。ある人が、瓶をかついで歩いていたところ、、何かにつまずいてしまいました。そして、転んだはずみに、かついでいた瓶を道に落として割ってしまったのです。ところが、その人は割れた瓶を見ようともせず、歩いて去っていったという話です。
　私は、だいじな瓶を落として割ったとしたら、いつまでも惜しそうに割れた瓶を見てしまいます。いくら見ていても、割れた瓶が元に戻らないことがわかっていながら、瓶にどうしても執着してしまうのです。
　例えば、コンピューターで何か書類を作っていて、たまたま何かの拍子でデリートキー（文字を消去）を押してしまった。せっかくいままで作成した文章がすべて消え去ったのですが、ただ茫然として画面を見つめていたことは皆さんにはないでしょうか。しかし、割れた瓶が元に戻らないように、一度やったことはもう元に戻らないのです。
　失敗は失敗。失敗したからといって、くよくよ考えてもしょうがないはずです。それより、自分はたいしたことないんだ、失敗したっていいんだと開き直るべきではないでしょうか。
　世界に禅を弘めた宗教家鈴木大拙は、「わしは過去のことは考えん、いつも未来のことを考えておる」ということばを口癖にして学問に励んだと言います。
　失敗の多い私にとっては、いつも励まされる言葉です。皆さんはどうでしょうか。

■□３月の法話■□

●欲望について

　ロシアのクルイローフという寓話作家に次のような作品があります。
　ある男が魔法の財布を手に入れました。この財布の中には硬貨が一枚入っています。財布を閉めて開けると、硬貨が一枚出てきます。さらに財布を閉め、開けると、また一枚出てくるという財布です。
　ただ、どんどん出てくる硬貨を使うには条件があります。それは、財布を捨てるということです。財布を捨てないかぎり、いくらこのお金を貯めても使うことができないのです。
　男は寝食を忘れて財布を開け閉めして硬貨を貯めていきました。食糧が底をついても、手持ちのお金がある間は、財布を開け閉めする仕事を続けました。
　家の中は硬貨でいっぱい。「もうこれで十分だ」と男はそう考え、財布を捨てに行きます。だが、いざ橋の上から財布を川に投げようとした瞬間、「いや、あともう少し」といった考えになるのです。それで財布を家に持ち帰り、仕事を続けました。
　翌日、男はもう一度、橋の上まで行きました。だが、どうしても踏ん切りがつきません。また、財布を家に持ち帰ります。さらにその翌日も、同じことになりました。
　さて、男はいつ財布を捨てたのでしょう。この寓話はこんな結末で終わっています。
　想像するに、多分、男は硬貨の山に埋もれて飢え死にしてしまったことでしょう。
　私たちは、この男をなんてバカなやつだと思うでしょう。しかし、これがお金を目の前にしたときの、人間の性というものなのです。
　魔法の財布は私たち人間の欲望そのものなのです。捨てようと思っても捨てられない、断ち切ろうとしても断ち切れない。それどころか、どんどん膨れ上がって、満たされるということがないのです。
　お釈迦様も「人間の欲望というものは、たとえヒマラヤの山を黄金に変えたところで満たされることはない」と言っています。つまり、欲望を捨てないことには、私たちは幸福になれないということです。
　では、私たちはどうすれば欲望を捨てることができるのでしょうか。「きょうでなくても、もう少し後でもいいだろう」と男のように考えてしまいます。だが、そのように躊躇させるのも、また欲望なのです。欲望が脚を引っ張り、私たちの決断をにぶらせます。それぐらい私たちが欲望を捨てるのは難しいことなのです。
　それでも、いつか欲望は捨てるべきものだということを知っていれば、自ずと智慧が身についてくるはずです。それが、大切なことです。　人間の欲望は限りがないようです。「もっと、もっと」「あともう少し」は、人間を不幸にすることということを、私たちは頭の隅にでも置いておくことが必要でしょう。

■□２月の法話■□

●隣の芝生は……

　私たちは、時に思うことがあります。もっと誰々のように格好よかったらいいのにとか、誰々のように頭がよかったらとか、……。
　しかし、そう思われている本人はどうなのでしょうか。
　そう思われている人は、なにかとみんなからちやほやされて、いいこともあるかもしれません。その反面、それを維持しなければ、どうなるかと不安もあるはずです。
　ことわざに、「隣の芝生は青く見える」というのがあります。他の人が持っているものは、自分のものよりもよく見えて、うらやましく感じるということです。つまり、そう思う当人は何時も損ばかりしていて、他の人は得ばかりしているように思えてならないのです。
　仏教の教典にアングリマーラという青年の話があります。彼はコーサラ国大臣の息子で、頭がよく、しかも美男子でした。彼はある先生について修行していたのですが、その先生の妻が美男子の青年に言い寄ってきたのです。
　しかし、彼は真面目な青年。にべなく彼はそれを撥ね付けました。プライドがある妻です。それに逆上して、アングリマーラはわたしを犯そうとしたと、夫の先生にに訴えたのです。
　先生はアングリマーラを懲らしめるために、街に出て百人の男女を殺し、屍体から切断した百本の指でネックレスを造るように告げました。純心なアングリマーラは、先生の師の命令を拒むことができません。そこで、彼は九十九人を殺してしまいました。あと一人というところで、お釈尊さまと出会うのです。しかし、結局は釈尊に説得され、自分の行いを悔いて仏弟子となったのです。
　仏弟子となったアングリマーラは、しばらく後に托鉢のために町を歩くようになりました。だが、街の人々は彼が殺人鬼だったという憎しみは消えてはいません。人々は彼の姿を見ると、こぞって石を投げつけます。当然、彼に供養する者など一人もいません。くる日もくる日も、アングリマーラは全身血まみれで帰てくる有様でした。
　ある日、お釈尊さまは、「耐えるのだ。あなたは来世において受ける業の報いを、いまここで受けているのだからね」と彼に言わました。アングリマーラはその教えを守って、さらに托鉢を続け、迫害に耐える日々を送ったという話です。
　私たちは殺人鬼ではありません。けれども、自分では気づかずに、色々な業（行為）を行っているはずです。その報い対して決して逃げることなく立ち向かわないと、そこから脱することはできないのではないでしょうか。
　隣の芝生は青く見えるかもしれません。しかし、今の私は今の私です。他人の人生を生きられないのだということを、はっきりと認識し、今の自分をしっかり生きればいいのではないでしょうか。

■□１月の法話■□

●全部いただく

　昭和の名僧と言われる方の一人に、曹洞宗の沢木興道老師という方がおられます。各地の修行道場を転々として「宿無し興道」と呼ばれていました。その方の言葉に次のようなものがあります。
「全部いただく。選り食いはせぬ」
　この言葉は偏食について言われたのではありません。これは生き方についての言葉なのです。
　人生の食卓には、いろんなご馳走が出てきます。好きな物もあれば、嫌いな物も出てきます。ご馳走ばかりとはかぎりません。粗末な食事が供されることだってあります。
　例えば、健康・病気、失敗・成功、晴・雨など、すべてそろっています。それが、私たちの人生なのです。
　ところが、私たちは勝手に、失敗はかなわない、病気はかなわないなどと、いい方だけを願っています。
　ある奥さんはお姑さんの十年近く看病されて、しかも、最近、元気だった実のお父さん、突然亡くされた方でした。彼女はお父さんの死を自分のこととして受け止め、死の準備をされたようです。そして、最後に｢子供たちに看病してもらうのは、大変よね。できたら、私はコロっと逝きたい」と言われていました。
　そこで、思ったことです。
　確かに、彼女の願いは誰しものこと。ただ、この願いはどうなるかわかりません。
　そこで、私たちにとって大切なことは、今ある状態に一切条件をつけないことではないでしょうか。それには、私たちが人生において客だと考えることです。
　私たちが人生の客だと考えれば、私たちは出された食事に対して、あれこれ選り好みしないで全部頂かねばならないでしょう。例えば、肉が好きであっても、魚が出てくることだってあります。その時、「私は肉が好きだから、魚は変えて下さい」と注文をつけることはできません。それは、客の分際をわきまえていないことになるからです。
　そう、私たちの思いとは違う逆境と言う食事が出されたとしても、それをしっかりと頂くしかないのです。いや、頂けばいいのです。ほとけさまがそのような食事を出してくださったと思えばいいではないでしょうか。
　安楽に生きられるなら、安楽に生きるとよいでしょう。あるいは、ボケてしまうことだってあります。また、死ぬことも同じで、のたうちまわって死ぬ運命であれば、それもほとけさまの食事として頂けばよいのです。それが沢木老師の言いたかったことではないでしょうか。

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